東京モラルハザード

お腹がゆるいので、うんこを漏らさないことを目標に生きています。音楽を中心にカルチャー寄りの話題を書きます。

MORALITY IS DEAD

うんこを極限まで我慢するとどうなるのか

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うんこを我慢したことがあるか。トイレが近くになく、極限まで我慢したことがあるか。また、トイレがあるのに、満室になっていて、堪えきれなくなったことはあるか。
そして、漏らしたことがあるか。

私は上京していよいよ10年経つ。10年は長いもので、その間幾度となく、便意の山を乗り越えてきた。漏らしたのは、3回だけ。すべて上京して5年以内だ。一度は、東京ではなく、フランスのパリで漏らした。親しい友人の間では、パリうんこ事件として知られている。いまも鉄板だ。

さて、うんこを極限まで我慢したことがある人ならわかると思うが、うんこは漏れる。その過程を説明していきたい。敢えて。なぜなら、最近漏らしていないからだ。年月を重ねた平和ボケが再び戦争の引き金を引くように、漏れに対するリスク意識が弱まっている時、人は漏らす。
最近、朝早くから外出する機会があり、久々に冷や汗をかいた。なので、私が経験から学んだものをいまこの時、反芻し、改めて漏れ便リスクへの意識を高めていきたいと思う。

うんこを漏らす環境

圧倒的に多いのが、朝の電車だ。これが圧倒的に多い。朝弱い人は共感してくれるのではないだろうか。うんこは、朝、電車で、漏れる。
冷房が効きすぎた満員電車だ。朝起きてから電車に乗るまで、ずっと影を潜めてきた便意が急に顔を出す。電車に乗るまでにかいた汗が車内で冷え、体を冷やす。そして、朝食べたもの、もしくは昨夜食べた何が急激に外に飛び出そうとする。また、人の多い電車が正しいポジションを確保できないと、立ち位置が不安定で変な筋肉を使う。私は男性なので、痴漢リスクもあり、つり革をつかめなかった場合でも、他人の股間やお尻に手を触れない部分まで腕を持ち上げる。普段は、前に抱えたリュックを腕で抱え込んだり、スマホを見る形で腕を上げる。いろんなところに神経を集中させた挙げ句、なぜか腸に負担がかかる。
どうして腸に。
駅まで歩くという運動が便意を誘うのかもしれない。

とにかく、こうして強烈な便意に襲われる。

第一段階 お腹が痛い

まず、お腹が痛い。下腹部がじりじりと痛む。この時点で、何がなんでも次の駅で降りなくてはいけない。例え、大事な予定があっても、彼女を待たせていても。便意常習犯は、みなこれをわきまえており、予定の時間より20分くらい早く着くように動くものだ。早めに動いていないなら、明らかに漏らし勢としては意識が低い。
また、便意と腹痛が攻めてきたときに、急行電車等で下車までの時間が長い場合は考えものだ。特に朝は急行電車が遅延や間隔調整で止まりがち。こういうときが一番不安になる。

第二段階 汗

お腹が痛いし、便意がきている。体は自然に下腹部に全神経を集中させる。すると、不思議と汗をかく。これは脂汗である。じとっとした汗が出るのだ。全身から。顔色も悪くなる。私は真っ白になる。
この汗が厄介で服に染み込み、身にまとう布が車内の空調で冷える。体が冷えると、便意が高まる。便意が高まると、更に汗が増える。ここから悪循環に陥る。

ここで、じっと車窓を眺めながら、別のことも同時並行で考えたりする。汗を出す脳の司令塔と、便意を我慢する脳の部分を切り離すのだ。少しでも切り離して、この負のスパイラルを抜け出そうとする。

うまく行けば、便意を一時的に封じ込めることができる。調子が良い時は、このまま第二波、第三波まで耐えることができる。しかしだ。車内で波に耐えてはいけない。なぜか。下車した駅のトイレが混んでいる可能性があるからだ。私は3波以上は、耐えられないことを経験上知っている。逆に、よほどの軟便で無い限り、3波までは引っ込めることができる。だから、残機は必ずトイレの眼の前まで残して置く必要があるのだ。核心はいつもゴールの手前で待ち構えている。ロックマンでもボスまで残機とイータンクは消費しちゃいけない。

第三段階 震え

さて、たいていの場合、波の押し寄せる前に最寄りのトイレに駆け込み、トイレの個室が開くのを待ちながら、近くのコンビニなどを調べ、トイレが一向に空かない場合に備え、施策を練る。そして、どうにかくぐり抜けてきた。

しかし、崩壊の予兆を感じながら、下車しない場合、もしくは下車できなかった場合はどうなるのか。ここから実際に社会的な死と向き合いながら、最大の山場を迎えることになる。

まず、第三波あたりからは、実際に肛門付近まで迫ってきたソレを肛門を力ませながら、押し戻す動作が加わる。この押し問答は、多いときには10回以上繰り返され、肛門への肉体的負荷と緊張による精神的負荷を与える。どういうわけか、この時点で全身の血液は腸に集まっており、四肢の末端は人形のように冷たい。感覚も鈍くなり、下腹部と肛門だけが身体である錯覚すら起こる。
力んだときに使われた太ももの筋肉は緊張から貧乏ゆすりのように震えだす。痙攣なのかもしれない。それは、ふくらはぎまで伝播する。とにかく、辛い。
このあたり、もう息も上がっている。まわりには察せられないようにしているが、気づく人はもう気づくと思う。人が顔を真っ白にしながら、大汗をかき、足をわなわなさせているからだ。
ここらでおもしろいのが、目を瞑ってはいけないということだ。これは数多の経験から言えることだが、視界を遮ると便意が勝つのだ。本来、感覚を一つ遮断することで、他がより鋭敏になり、理論的には便意を抑える力が高まる感じがする。しかし、違うのだ。目はカッぴらいていないといけない。むしろ、最期が迫るに連れて、目が開く。もちろん、視覚情報は入ってくるのだが、それは何も処理されない。ひたすら、風景が入ってくるだけなのだ。それでも、目は開けてたほうが良い。これは経験だ。

最後、強烈な腸の押し出しを耐えると、急に意識が遠のく。そして、目が開いてるのに、視界が白くなるのだ。これを昇天というのかもしれない。視界が白くなるときには、全身の力も抜ける。このとき、社会的死と便意が天秤に乗ったイメージだけが意識下にぼんやりと現れる。死人の夢に現れる三途の川のように。ここで、社会的な死が勝てば、川渡らずに済む。2回ほど勝ったことがある。1回負けた。

勝つと、同じ状態が5分以内に来る。とにかく、下車して逃げ切るのだ。というか、この状態にはなってはならないのだ。絶対に。そのためにも、早めに家を出て、途中下車できる余裕を作ることが大事なのだ。ストッパとかあんまり効いたことないし。朝すでにマズイなってときは、正露丸を服用しておくことにしている。

以上である。




動物は経験から学習し、過ちを繰り返さないようにできている。人間は更に言語を使うことで、経験から学んだ知恵を他社に共有できるようになった。
私はこの教訓をブログに残したいと思った。

結論
・昇天する

対策
・トイレの時間も見積もって行動する
・やばいときは、正露丸を事前に飲んでおく




普段は音楽の記事とか書いてます。
utsunomiya.hatenadiary.jp
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