東京モラルハザード

お腹がゆるいので、うんこを漏らさないことを目標に生きています。音楽を中心にカルチャー寄りの話題を書きます。

MORALITY IS DEAD

【落語】立川談志『鼠穴』書き起こし

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落語との縁

大学で1番最初に入ったサークルは、落研でした。
こんにちは、ウツノミヤです。
落研は、その閉塞感から2ヶ月でフェードアウトしました。
名だたるOBを輩出しているサークルですが、今どき飲み会の席で起立して大声で所属学部を叫びながら自己紹介をしたり、先輩の杯に注がないと怒鳴られてビールをぶっかけられたり、深夜の公園で全裸で池に飛び込むような大学生は、気味が悪いと覚えました。今考えたら、それくらいのことを大学入ってすぐ経験できて、本当によかったと思っていますが。

そんな落研から身を引いた私が5年振りに一席設ける機会がありまして、唯一2回以上聞いたことのあった鼠穴を話すことにしました。

発見の多い落語の書き起こし

噺を覚える以前に私はほとんど落語を知りません。大学時代何度か寄席には行ってますが、所詮歌舞伎鑑賞の趣味の延長線上のもので、そのことについて深く知ろうなんて、学生時代は考えてもいませんでした。しかし、案外と書き起こし、読み解いてみると、日本語の語感の良さや江戸調の抜けが耳に心地よく響きます。中学の国語で、漢詩の朗読CDを聞いた時のような、独特の陶酔感があります。音楽とは違い、一定のテンポやビートというものはありませんが、そこには確かなリズムが存在し、ただただ喋っているのとは違う、流れる抑揚があります。これは何度も聴いている内に掴めてくるもので、初見では魅力に感じるどころか、その抑揚が言葉を聞き取りづらくしているだけでした。
また、読み解く上で、いまでは触れることのない日本語に出会います。桟俵(さんだわら)、国表(くにおもて)、尼っ子、などなど。これらの言葉が当時の生活風景に立体感を与えてくれます。たった200年前かそこらのライフスタイルなのに、こんなにも遠く、でも、同じ言語なので近く感じ、また登場人物と気持ちを通わせることができる不思議な表現装置に、面白みを感じます。しかも、それを人ひとりが話すだけで作り出すんだから、大変な芸術だと思わざるを得ません。
また、作中の番頭と蔵主の主従関係、兄弟の関係や世間の人々の暖かさというものは、現代(強いて言えば、東京)にはない、人間的なつながりでありました。奉公人は、主のもとで共同生活を行います。夜だって主に起こされたら、若いもんは動かねばなりません。私達がイメージにもつ、サラリーマンの労働風景とはかけ離れており、もはや私のような20代は、そんな主従関係が本当にあったのかという驚きすらありました。なにせ、落語を演じる上で、この人間関係は当たり前のように存在し、そこに感情移入していくことで、物語が成立するものですから、私はその関係性を当然のように受け入れて語らなくてはなりません。ノマドフリーランスに憧れがある現代人には、落語の舞台設定は保守的で家父長制的なものとして受け止められるかもしれません。

現代的落語暗証法

落語の覚え方にはいろいろありますが、大きく分けて2つです。
・聴いて覚える
・書き起こして覚える
この2点になります。ココらへんあんまり詳しくないんですが、落語家のもとに弟子入りしますと、師匠が口頭で話し、それを弟子が復唱して覚えるなんて方法が昔は一般的だったみたいです。しかし、CDを始めとする音声メディアがある昨今、それを繰り返し聴いて覚える、または聴いて書き起こすなんてのが業界でも一般的みたいです。私は、そもそも音源を持ちあわせておりません。ただこのご時世ですから、そんなものは必要ないわけでして、YouTubeから引っ張ってきて、聞きながらEvernoteに書き起こすという、なんともデジタルな方法で暗唱を開始しました。もちろん、音声から文字を起こすソフト等も使用可能ですが、最終目的は空で言うことですから、そこはあえて何度もリピート再生して文字起こしをしたほうが頭に残るという考えの元、使用は控えました。落語好きの知り合いには、デジタルで文字起こしだなんて、邪道だとまで言われましたが、私はプロでもないし、21世紀に生きているのだから、そこは許していただきたいと思います。ちなみに、鼠穴は話自体が30分ほどのもので、初めて聞く単語をググりながら文字起こし完成まで6時間もかかってしまいました。
あとは、ひたすらに通勤時間に、YouTubeのリピート再生を行いながら、文字起こしを追っていきます。これを約1週間。高校時代にDUO3.0のCDに合わせてシャドウイングしていたことを思い出しました。

書き起こし『鼠穴』


立川談志「鼠穴」 - YouTube
(2:33から本編)
※役が切り替わるところや語り手になる部分で区切っています。最後まで曖昧なところあります。また、相槌や感嘆の回数などは厳密に書き起こしていません。なにより訛りを活かすため、ひらがなで書いている箇所が多く、かなり読みづらくなっていると思います。

旦那さん、あの〜、お国表から竹次郎さんとおっしゃる方がお見えになっています。

おお、珍しいの。竹きたか。おお、おれ、弟だ、おお。そう言っとったか。ようよう、こっちへ通せ。おお、かまわん。おお、竹か。よう来たのう。おう、遠慮はいらん、こっちこう、こっち、こっちこう。変わりはねえか?

はい。無沙汰しておりまして、はい、すんません。

いやいやいや、頼りがねぇが無事の知らせっちいうなあ。そうかあ、よう来たのう。のう。来るなら来ると、手紙一本出せば、迎えにもやったけーに。まあええ。江戸見物だんべな。ゆっくりしてけや。

いえっ、あにさん、おれ江戸見物なんて、そんなんで来たわけでねえ。これ話すと叱られっかもしれねーが、言わねやなんねーで、言うだで、あにさん、聞いてもらいてえ。実はとっつぁんが亡くなったとき、おれとあにさん、ふたりっきりの兄弟で。田地田畑、あにさん、おらに半分くれたねえ。こんなこと、おらあ、あると思わなかったでねえ。その代わり、あにさん、あとは頼むってえ、その田地田畑、金に変えて、江戸へ出てきて、いまこんな店、ええけえ店のあるじになったで、比べておれだらしねえ、もちつけねえものもちやしてねえ、わりい友達できたあ、茶屋酒おぼえ、尼っ子に野良をこく、終いには、博打にも手を出すでえ、ええ、持ったものそっくり人手に渡っちまってねえ、昨日までちやほやしたのは手のひら返すように白い目で見る、おら居らんねえでねえ、出てきたのは他じゃあねえ、あにさんのとこで働かせてもらいてえと思う。いや、弟と思うと使いにくかんべえでぇ、おらも主人と思って仕える。兄貴だなんて甘ったれねえ、ええ、1つ使ってもらいてえ、一生懸命給金貯めてね、国帰っておれとっつぁんまの田地田畑半分でもとりけえさにゃあ、おれ面目ねえで、ひとつ、あにさん、おれぁ使ってやんなせえなあ。

おお、そうか。ふはは、それは知らなんだ。まあまあ、まあええ。まあええって。いや、若え内だな。茶屋酒覚えれば、尼っ子に野良をこくのもええ、わりいと気が付けやあ、それは一人前だ。早く済んじまったほうがええ、そんなものは。はしかみてえなもんだ。博打は褒められねえが、まあ、知らねえより知っとるほうがええ。あとのもんに、思いやりっちゅうもんができるだよ。うん。ただのう、竹。そりゃあ、おれはええよ、奉公ぶつ。おれはまあ、他人と思ってビシビシ使うことはできる。おらは、まあそういう評判だ。ええ、まあまあ、言わねーでもわかっとる。冷てえって言われてる男だ、できるよ。できるがのう。つまらなかんべえなあ。いや、いーやさ、おれは奉公ぶたねえが、我、他の家、奉公ぶったとするわなあ。まあ、仮に我の100両っちゅう金儲けたとするぞ。懐に入れるわけにはいかなあかんべえ。主に出す、いくらくれる我に?10両とくれる内はあかんべえなあ、1両か2両、たかだか3両だ。それで止まりだよ。つまらなかんべえ。100両儲けて3両なら、我自分であきねえぶったらどうだ。そりゃあ、1両儲けりゃ、1両だ。100両儲けりゃあ、100両だぞ。1000両儲ければ、1000両我の懐へへえる。わかるか?

はい。はい。わかりますがねえ、あにさん、おれはここに出てくるのが精一杯で。恥ずかしいが一文無しで、おれ昨日からなんにも食ってねえでねえ。

兄貴がついとるよ。商いのもとを貸すっちゅうたら、我どう決める?

はい、やりましょ。ええ、あにさんがもと貸してくれるなら、おらなんでもやります。

おお話が早い。貸してやる。うん、わかったな。

へい、ありがとうございやす。

よしよし。(渡す動作)大事な商いの元だ。無駄づけえするな。

はい、ありがとうございやす。ええ、ええもう、てめえでやるなら、儲ければ、てめえのもんだ。なにしようと、

おお、なにしようと、我が勝手だ。

ええ、なんとかなったら、あいさつに来ますだで。ありがとうございやす!番頭さん、どうも、ありがとうございやした!ああ、よかったね。どれだけおらあ、兄貴に小言食うと思ったよ、ええ?わからねえもんねえ。ばきゃろー、なんのためにおらが我に半分やったの。どうしてくる!へっ、そこはきょうでいだね。血がつながってるっちゅうのは偉いもんで、小言は言うべし、酒は買うべしだでねえ。国のもんはおらのこと、兄貴いちを悪くいうやつはいて、よくいうやつは1人もいねえって、鬼みてえなやつだ、国もんが行っても茶いっぺいもだすもんでねえって、あらあ人間じゃねーが、言うがそれは沙汰人の嫉みっちゅうもんや。同じ腹減っても懐に金があるっちゅうのは違うねえ。江戸の酒っちゅうものをしみじみ腹にいれてやりてえや、ええ。いくら入ってる、のう、うぃ?なんでこりゃ。なんでこりゃ、三文へえっとるこええ。バカにしやがって、あのやろう!三文べえの銭がほしくておら頭下げたでねえだろ!ええ!よくまあ、三文でつけえこむなんて、つけえこみようがなかんべ!こんなものわああ。世間の人は嘘いわねえ。人間じゃねえ、あのバカ。鬼だチキショウ。三文ぜえの銭はおらのほうからばんのほうから河のほうへくれてやら、ほい!そうでね。三文地べたあ掘っても出てこねえ。あのばかやろう、ちきしょう。癪に障るがなんとかとついてみるか。

とついてるみかったってえ、気構えはいいが三文じゃあどうしよもなかった。そらそうでしょう。いまで言うと3円ぐらいでございますかねえ。3円じゃあ、夕刊も買えやしねえ。考えに考えて米屋に飛んでって、さんだらぼっち、ほんとうは桟俵と言うんだそうで、俵の上下をぐいと締めるあの丸い、あれ乗って枯れ草の多摩川の土手滑った記憶がまだ私たちの年代にございます。って、こいつをほぐして、差しというのをこしらえました。その昔、大きな店んなると必ずあの穴あき銭、小銭があなる。こいつへ通して勘定をした、青さし五貫文のご褒美これから来ております。こいつを作ってえ、売ると三文の金が六文になりやした。イケるかなってやってみると今度六文の金が12文に増える。やがてこれがによーよんぱーくんろくいちくにざんきゅうと、24文になって初めて俵、こいつ買ってきてほぐして、そりゃ田舎の人で器用ですから、草鞋こしらえる草履こしらえる、余ったやつで差しを、こんなことを繰り返しているうちにいくらか金がたまってきました。たまってみるってえと、こりゃあまたそれなりにおもしろいもので、じゃあ1つ店持つってわけにもいかんから、体でその分稼いじまおう、朝はやーく起きるってえとお、なーとろっとー、なっとう!納豆売って帰って来る、昼ごろになるときんちゃんあまいよおと茹で小豆を売る。夕方になると、どおおお、おおおお、豆腐屋になる。夜になると、ゆでどおおおしいいいうどおおおんんんて、うどん屋になる。夜が更けてくるとおいなあありさああんんnて、稲荷ずしを。真夜中には泥棒の提灯持ちしたっていうんで、ずいぶん働いたあもんで。稼ぐに追っつく貧乏はなし、精出せば凍る間もなし水車。世間の人がぁあったかい。今の人に言わせるとおせっかいって言うかもしれませんが、まあ、あったかいと言ったほうが合ってるかもしれませんでえ。

どうです?かみさんももらい…いやあ、悪いことは言わねってえ、ままま、一人口は食えなくても、二人口は食える。いい言葉だ、1人口は食えなくも、二人口は食える。いまみたいに亭主が働くかかあが遊んでるなんてことはしませんでねえ、稼ぎ男に繰り女、気に触ったら謝りますけども。

夫婦で一生懸命に働いたあ、女の子が生まれて、花という名前をつけた。風邪ひとつ引くわけでなく、虫ひとつ起こすでなく、すくすくと育ちました。思い切って表へ店をどーんてやってみたら、こいつが当たった。10年経つか経たない内に、深川の蛤町、間口の六軒半、倉が三戸前もあろうという大きな店になった。ぴやあああああ、やあああああああ。北風の吹きすさぶ、筑波おろしの江戸の師走は寒かったそうで、

番頭さん

はい、お呼びでございますか?

いやいや、大した用じゃねえがな、うん。風がつええで、もう客もこなかんべえで、ひとつ、早えとこ、うん、大戸しめろや、おお、店のもの休ませてやれ。あったけえもの、ひとつも余分にとったなあ、ああ。で、おらちょっくら思い出したで、兄さんのとこお、行っとくべえと思うで。銭を三文きちっと包んでもらいてえ、で、他に、そう、五両もありゃあええかなあ。こちらもきちっと、できればのしつけて、ああん、ああん、こっちへ、ああん、それでいい。でまあ、おらあ、遅くなるかもしれねえが帰ってくるだから、風がつええで、火の用心だけはな、ええ、気をつけて、ええ、

普段からやかましく言っておりますんで、どうぞ。ええ、あまりお気にいたしませんで、え、え、どうぞ、気にしないで、え、え、大丈夫でございますんで。

でもおれえ、心配なのは、鼠穴だでな。ほうぼうへ、ねずみの野郎、あなあ開けやがって、まあ、ねええ。あこから火でも入ったらって頭呼んだら、ええまあ、なにせ忙しいで春まで待ってくれって、言われてみるとうちばかりがあれでねえでぇ。

鼠穴を、え、大勢おりますんで、手がございます、え、普段から言ってます、ええ、大丈夫でございます、お出かけに、おでかけになるよ、
いってらっしゃい
ってらっしゃい
らっしゃい
いってらっしゃい、いってらっしゃい

店のわかいもんの声を背中に浴びて、ずいって表えへ出たあ、いい心もちだ。10年経つか経たない内に、これだけの芯材をこしらえた堂々と表から、

ごめんないしょ

いらっしゃいまし。おひさしぶりでございます、竹二郎さんでございんしょ?

はあああ、ああ、偉えのう。さすがは大挙の番頭どんだ。おらとおめえさんは10年目、一度会ったっきりだ。ようおぼえとる。

ふだんから噂をしており、え、おりますんで、少々おまちを。

旦那、竹二郎さんが、

うーん、うん、そうか。うん、ちょっと耳貸せや、うん。わかったな、で、(手を叩く)言うまでな、おーし、よしよし。ああ、かまわんかまわん。うん。お!こっちだこっちだ、竹!へえれ、へえれ、こっちだ!

同じ江戸に住みながら、なげえこと、無沙汰しておりまして…申し訳ありません。

いやいやいや、まあまあええ、かたっ苦しいあいさつはよせ。おおお!よう来たのお!

来たくて来たわけじゃねえ。一度こにゃあ、事理が立ちませんでえ。しょうがなくここへ来ましたでえ。

ほははは、あいさつだなあ。まあ来たことには変わりはねえ。その来なきゃなれねえっちゅうのはどういうこった?

10年前に借りた商いの元をけええしに上がりました。

おお、覚えとる、忘れやせん、貸したもんだな、おう、けええしてもらうで。

なげえ間、ありがとうございました。

うん、よし、おん、3文へってとる。よし、よおお漬け込まなかったな。

あにさんこれね、おれ、あの、利子っちゅうわけでねええよ。なにかってええかわからね、利子っちゅうわけでねえでね、ひとつ、これ黙って収めてもれええ、これね収めて、もうてぇ…

そそそ、もらうもらうもらう。もらうで。しんぺーねえで。別になにも。もらえるもんなら、なんでももらうんだ。嫌なら誰かにやれやいい、もらう者がなければ、捨てればよかんべえな、なあ?5両入ってる。へえ。ほははっはは。豪儀なもんだの、竹。3文の銭も、10年経つと5両っちゅう大金になる。竹よ、我10年めえにおらあ、いえ奉公打ちてえと来たあときに、おためごかし言ってえ、あきねえ打てといって、われに三文の銭貨した時、われに腹たったんべえなあ。

別におらあ、腹たたねえなあ。

ほんとか?たたねぇか?

たたねぇことはなかんべぇ。たたなあにゃ、人間じゃねぇ。腹煮えくりかえったんべぇな。

腹煮えくり返ったのは、ええ。なぜ、おらが三文貸したかっちゅうのを考げーたことがあるか?もっと、めーこー(前来い)、竹よ。え?おれが金が惜しくて貸さなかったと思ったか?おらがケチで、我に三文しか貸さねぇと思ったか?そう思ったか、竹?

いや…

どう思った?ええ?我の腹積もりでは少なくも、5両ぐらいのことは考えとるだんべ。我に5両貸したって、無駄だって、なにが無駄だ。我の腹に茶屋酒染みこんどる。抜けとらんっ!5両なくても、3両ありゃあ、あきねーはなんとかぶてる。あと2両は江戸の酒ごと、おらは読んだが、我違っとったかな。違っとらん!そのぐれーのこと顔みてわからねーぐらいで、大勢ひとは使えねぇぞ。あきねーがな、あきねー、あきんどが打つ前にてめぇの金のもとに手ぇ着くようじゃあ、どうにも救いようがねえよ、竹。おらあ、三文貸した。おらなりの考えで三文貸した。我、三文にはらあ立って、いくらでも増やして持ってきたときには、我に言うだけの銭貸してやんべぇとおらは思った。まあ、我がどう思う、おれは思っとった。まあ、話だけ聞け。借りにこねぇのう。おらに負けねぇ。とっつぁまにも負けねぇ、まだ強情だ。黙って見とった。10年経つか経たない内に深川の蛤町、間口六軒半だべ。蔵が三戸前だんべな。ようやったのう、竹。我は誰にも頭下げるこたぁねぇ、生涯仮ねぇ。仮のねぇ我が宝だよ。偉い、とっつぁま草間の影で喜んでらっしゃる。辛かったろうな。できたら、兄貴、許してもらえねぇか?竹よ、許せや。

にぃさんっ!にぃさあああん。あにさんに、頭あげてもれぇてぇなあ。おらぁそんなおっきい袋持ち歩いて、ちっとも知らねえで、あん時腹煮えくり返って、なんてちくしょ、、いやなんて、おにっ、おにっ、お、お、お、おにいぃさんだとおらあは思ってぇ。知らねぇんだねえ、あにさん、おれえちいせえねえ。勘弁してやんなせええなあ。

わかってくれたか、そうか、よーしよし、もうよせ、もうよせ、あたまあ、、、よせって、竹。肩の荷が、おらあ降りた。もうええ、よーしよし、やめろって竹、(手を叩く)、支度はええか?、早くしろや。

はい

晴れて支度がしてありまする、酒、肴。そいつが運ばれると、やったりとったりで、心置きなく飲む酒だから、酔いが回る。

どんどん飲めよ。

いやあ、いい心もちに酔っとりまして、そろそろあにさん、おらあ暇ぶたねぇと。

ああん?ああ、暇なんぞぶつな。ゆっくりしてけや、なあ、ああ。おらあ、ええ、人にいえねぇ話が山ほどある。我は愚痴の聞き手がいる、おらあ、居ねえ、いまだひとり。ええ?なにがひとりだってぇ?まあ、そりゃ言うなって、まあまあ、いえーな、我なら言える。泊まってけ、今日。

いや、泊まってくっちゅうわけにはいかねえ。

なぜ?かかさま、ヤキモチ焼くか?

かかさま、焼くはどうでもええど、風つよいでぇ、おらあ火事があっちゃなんねぇっと思って、それが頭離れねえで、

江戸に火事は付きもんだ。なあ、火事と喧嘩は江戸の華っちゅうに。やーけたって、蔵があれば、よかんべ。

おらあの蔵、あにさんの蔵と違って、ぼろ蔵だでねえ。鼠穴が空いてましてねえ、野郎、あそこから火でへえったらなんねえと思って、

なにを言うかぁ。ねずみも、もぐらも、気にするな。どうすべ?我のとこのしんべー、仮に残らず焼けたとするわな、おらあ、おらあ、新米残らず我にくれてやる。な。おらあ、我にくれて、おらあが我のとこ番頭、どうだ?おらあ、番頭、こころづええぞ。おらの番頭不足か?え?よかんべえ。なら、いい。いや、いいって、言うなあ。

ここまで言われて、でもっていう言葉もない。じゃあと言うんで、腰がすわる、酒がはずむ、話に花が咲きます。久しぶりに酒の勢いで、まくらあ並べて兄弟が。ぐっすりと寝込んだ、真夜中。じゃあーん、じゃああーん。じゃああん、じゃああああん。じゃあーん、じゃああーん。

うふっ、うふ。うふ、うふっ、うふっ、うふ。おい、だれか、わけーのいねーか?半鐘鳴っとるぞ、火事だ。見ろや。

はい。

わかいもんがすーっと上がります。大きなあきんどになると、その昔、自家用の火の見というをそれぞれつけていた歳でありました。こいつぇ、すーっと上がって、

深川の蛤町界隈と見まして、

深川、蛤町界隈?それはいかねえ。竹んところだもんなあ。

おい、提灯にろうそく、よけえにへえるように!

おい、竹、竹、竹、竹竹!竹!

はい、はい? 火事?どこ?

深川、蛤町だ。

蛤町?おらあん、焼けたかね?

焼けたか、焼けねえか、わからねっ。すぐいけ!!!

はい!!

さあ、自分の町内へ。転がるように駆けつけてきたころは、当たり一面がもう火の海と化しておりますんで。

へえ!こんなことになるんなら、おれももっと早くけえれっちゅうとる。お!おい!おおお、おい!番頭!

お!お帰りなさいませ!
お帰りなさいませ!
お帰り!お帰りなさいませ!

どうしたどうしたどうした!いやあ、怪我ねえか!けが!ああ、いや、そんなことは聞いとらん!怪我ね?怪我?ああ、怪我ねえか。あああ、よかったよかった。遅くなってすまなかった。かかさまに、しっかり捕まってろ、しっかり捕まってろ!離れるとすぐに会えなくなるぞ。花、つかねえぞ!え?どうした!どうしたどうした!

なにしろ、この風でございます。いえ、もちろん、自火じゃございません、もらい火なんで、手が付けられませんでぇ。まあ、大勢おりましたんで、蔵のめぐりだけはどうにか、

めぐりしてくれた?ああ、よかった、それは。屋敷なんぞ焼けても、店なんぞ焼けても、かまわねえ、蔵さえあればええ。鼠穴はやったんべな?

は?

鼠穴やったんべな?

ね、ねずみあな…

やったか?

は?

やったか?

おまえ、やったか?

我に聞いとる!我や!我、、やって、、やっとらん!ばかやろう!!なんのために、おらが我に口酸っぱく言ってっ!鼠穴やんなければ、

ぁ、そ、それ

なにがあ!それぇ!どうでもええ、1番蔵のとめんとこから、煙が!火がへええっとる!い、い、いえええ

お、誰か上がっとる!

若いもんがそいつへ上がって、止め口で瓦2,3枚起こしてみると、ガラガラガラっ!

あぶねえぞ!!あぶねえええ!!!!降りれええええ
おい!言わねこっt

2番蔵のとめんとこから、煙が出とる

こいつもまた、若いもんが上がって、瓦ぁおこしてみればガラガラガラガラッッ!

あ、ははあははああああ…h,へっ…

ひとつ残ってらぁという言葉が終わるか終わんない内に、火の勢いで観音開きががったん、ガッラガラガラッガラガラガラガラガラガラッッッ!っと、見ている前で、三つの蔵がネジ切れるように焼け落ちた。さすが気丈な男も、提灯を落とさんばかりに、がっくりと来た。そらあ、そうでしょう。いまみたいに、焼けたあとのぉ、なんていうものがなかった時分でございますんで。焼けちまえば、それっきり。着のみ、着のままでございます。その頃流行りの夫婦巾着というものに、おかみさんがいくらか、小金を入れていたのを元に、掛け小屋、いまでいうと仮営業、バラックというのが言葉が一時ございましたが、やってみると人間ひとつつまずくってぇと、うまくいかないもんで、こいつはって思うと、それがすっと外れる、ならこっちぃ、これが行けませんで、博打でいう負い目みたいなもんで、奉公人が居づらいもんか、暇をやるでなく、もらうでなく、1人減り、2人減り、だんだん居なくなって、親子3人。そうなるってぇと、おもてぇいらんなくなるもんで、裏だなにひっこむ、おかみさんがどっと患いつくぅ

どうした?

ええ?いやあ、くすりぃ。くすり、飲まにゃだめだよ。いやあ、おらあ、治してみせる。おらが付いとるってしんぺーねえ。我が早く治ってくれねえと、おらもな、困るだで。でえ、あの、いまあ、もうしょんねえ、暮れもちけえでなあ、おれは、あの、あにさんとこ行って、あきねえの元借りてくると、なんとかなるで、もうでいじょうぶだ。え、なるたけ行きたくなかったでえなあ。でえ、うん、うんうん、うん、うん、花が行くっちゅうから、コレ連れて、待ってろやな。

娘の手を連れて入りにくい。行ったり来たり、行ったり来たり、裏口のところで、

竹二郎さん。

は、はっ

なにをしてま!いえ、いけません!さあさあさあ、いや、なにを!どうぞ!竹二郎さんが。

おう、声が聞こえとった、おう、こっちへえれ。おい!竹、こっちこい、こっち。おい!寄ってこい!

あにさあああああんn、残らず焼けて、一文無しになりました…

うーん、そうかあ。そこまでいったら、どうもなんだが、そうかあ、焼けったてえなあ。でも、おらんとこから、届けとったか?あ、あん、そらあええ。行けなんでも、気いわるくすんなや。この、蔵ぁ、おらぁいねぇと、もたねぇだでなあ。おお、かわいい顔しとる、花?はなさんっつたなあ。かわいい子だ。ええ?お、なんか、なんかねえか?菓子、飴もの、かまわねえかな?虫歯?なんか、なんかねえか?

焼けちまったこと、しょんねえべえ、春からひとつやり直すで、あにさんこのくらいしとくれえねえ?ひとつ、あきねえのもとをめんどうみてもらいてえと、

なんか、ねえか、はやくもってこい。子どもっちゅうのは、早くほしいもんでぇ

あにさん、ひとつ、あきねえのもとを、めんどうみてもれええてええと。

わかっとる、一度言えば、聞こえとるぅ。二度もぉ。おしゃまってりゃあ、金かねって、そりゃ汚えこと言うなやあ。うーん、どのぐらいもってく?2両もかすか?3両あらあ、ええか?

いえ、2両や3両じゃ、だめでね。もとのおらならはだっからあそこまでいったらあ、いまかかさま患っとる、こんなちっちゃけえ子いるでえ、、、どうぞひとつ、あにさん、50両めんどうみてえもれええてえ。

50両?そりゃあ、竹、ダメだよ。

なんで?

なんでってぇ。おらに言わせて―か?あきねえーっちゅうのは、あきんどっちゅうのは、もとの取れねえことするもんでねえ。まったくだねえ。我に貸したってもととれなかんべえなあ。とれねえことはできねえ。おらあ、しんでぇかもしれねぇが、みんなの物っちゅう見方もあるだでなあ。そりゃ、2両や3両なら、おらの懐がねでも済む。まあ、やったと思えば、それで済む。50両無理だよ。おらあ、言うコト間違ってると思ったら、どっか他行って言ってみなせえなあ。だめだよ、竹。

いえ、他じゃねえで。アニさんとおらだよな?

おんなじだんべな。

え、おんなじだんべなって、あにさん!あにさん、それで、約束違うべえ!

なんか約束した…

したでねえか、あにさん!おらがけえるって言ったとき、止めたのあにさんだよ!え!おらん家もし焼けたら、どうするって、あにさん、新米残らずおらにくれて、おらんとこの番頭なるってあにさんそう言ったね!

だれが言った?

あにさん、言ったでねええか!

おお、知らんなあ。だれか脇で聞いた証人はいるけえ?

証人ってあにさん!何言っとるだねえ!おにさんとおらあが言ったで!

おらああ、そんなおめええ、酒飲んどったんべなあ。飲みゃあ、気持ちの大きくなるもんだ。無い辞書も売りたくなるのが、酒だよ、竹ぇ。酒の上の話、本当にとって掛け合いにきてえ、我ぇ、そらあ世の中通らんぞ。

あにさああん、あにさん、それ、正気で言っとる?

狂ってるように見えr

狂ってるべねえかあ!!!なにを言っとるでええ、あにさああん。ええええ!あにさん、それじゃあ、あにさん、人間っちゅうのは、どうなってるぅ!!!ねええ、あにさんとあらあ、きょーでえ、、、、ああ、そう、、あ、、、、それじゃあ、あにさん人間の皮被ったチキショウみてええなもんだあ!!

なんだ、このやろう!兄貴に向かって!なn、、(はたく)

なにすんだ、あにさああん。なんでぇおれ、はたかれる?なあああに、おれはたかれるような、悪いことしたあ?あにさん、おらあ、とっつぁまにだって殴られたことはねえ。あんなにいい、、、ひ、、、、けんかじゃねえ、けんかじゃねえーよ、花泣くんじゃねえ、泣くな、泣くんじゃね、泣いたら負けだ。なきてぇのは、おらだ。よーくあの顔を覚えとけ。忘れるんでねーぞ。あれが鬼の顔だ。畜生。その鬼がおまえのたった一人のおじだ。おぼえていなせええ!

捨て台詞叩きつけて、おもてぇ出た。どおおにも、こうにも、やりようがない。落ちぶれて、袖に涙のかかるとき、人の心の奥ぞ、知らるる。

おっとっつぁん、お金いくらあると、ご商売になるの?

、、はあ、、、あ、、、50両なくちゃ、どうしようもねえな。

あたしがお金をこしらえます。

おめえのようなちっちゃけぇ子が、どうやってお金こしらえる?

吉原に行くと、女の子はお金になるっていうから。。。あたしを売ってもいいわよ?

どこで聞いたかしらねえが、吉原っちゅうとこは、我みてぇなちっちゃけぇ子が行くとこでねえ。こええところだ。

あたしがほんとうのおジョロにならない内に、おっとっつぁんがお金をこしらえて、迎えにくればいいんでしょ?それよかおっとっつぁん、しょうがないんじゃないの?

そこまで考えとったか…、なんて初ねぇな子だぁ。親の口で言いにくいがなあ、頼むから泣いてくれ。

うちに行かず、娘の手を連れて、吉原へ。親孝行の徳という言葉があった。娘と引き換えに50両のかねえ借りて、そいつ懐に大門を出まして、見返り柳井、旧人の別れを惜しんで、一度は振り返ったってぇいいます。衣紋坂から土手八丁にかかってくる、娘のいる吉原ぁ、里の空見るってぇと、薄紅流したようにぼおおと涙でかすんで、にじんで見えました。

辛いだろうなあ。いじめられても、泣くな。おっとっつぁん、きっと、むけぇにいくからなぁ…

野郎、馬鹿野郎、何回して、ふざんけんな、馬鹿野郎!!

何っ言ってる!ばかやろう!てめえのほうから、ぶつかって・・・は、は、、、、は、、、ど、、、、どろ、、、どろぼおおおおおおおうううおううう。、、、、、、むごいよ、、、、、、、、、おらあ、もうだめだ、、、、、、、。もうだめだ。。。。

どこをどう歩いたか、ふらっふら、ふらっふら。林んなかへぇ、石ぃズーズルズーズルズーズル。押してくるってぇと、こいつの上ぇ乗って、帯をほどく。木の枝へひっかけるってぇと、首をひとつまくってぇと、ぎゅっとむすんで、

南無阿弥陀仏

どーんと1つ着いたから、堪らない。

うううううううううううううううううんんんんんん!!!!

えほっ、えほっ、えほっ。よう、うなるのう。よう、我、一晩中唸ってるからよお、おい、竹、竹、おい。おい、竹。

(ガラガラとバタつく)は、は、は、は、は、は、、、、ここ、どこだ?

おらあ、家だ。

は、は、は、h,あh,あ、は、h、あらあ、あにさんだね?

うん。

、、、、、あにさん、おらあ、家焼けたか?

別に焼けやしねえ。

火事でやけたか?

焼けやしねぇって!

今日いっかだ?

いっかだって、何言っとるわい。久しぶりに、おらあ家来て、飲んで、おまえ泊まったんべな。

飲んで泊まったって?ね、ねずみあな!

なにが、鼠穴だ、竹。おいしっかりしろ、おい。おい、どうした、おい。わりい夢でも見たか?

ゆ、、、ゆ、、、はっ!!はっ、夢だ!!はっ、夢だ!!!はあああ。はあああ、よかった。よかった、あにさあああああん、こわい夢見ましたああ。

なんだいおまえ、急に大きな声しやがって、うんうん、なになに、おらに話せや。うん、おらの家に泊まった晩に、我、家火事にあって焼けた、え?焼けてねぇ、焼けてねぇ、そら夢だ。うう、うんうん、で、なに。え、なにやっても、うまくいかねえで、おらんとこ金借りにきたら、金貸さねえで、我はりたおした?おい、変な夢ぇ、見るなよお。あんまりいい役じゃねえな、おらぁ。娘売った金、土手ですられて、首くくって、え?起こされて、、、ばっかやろう!!僅かな間に次から次へと、変なもんばっか見やがって、だが、竹、喜べよ。ええ、ってなにいっちょる、火事の夢は昔から燃え盛るっちゅうのう。我のとこの新米、また春の頃から大きくなるぞ。

ああああ、ありがてええ、あにさん、おらよっぽど、鼠穴気になったねえええ

ああ、無理はねえ。夢は土蔵(五臓)の疲れだっ!


落ち

談志の一頻り起こしたあと、不明な箇所は志の輔の鼠穴を聴いて補強しました。面白いのは、志の輔と談志では、オチが違うことです。談志は、鼠穴の一般的なオチである「夢は五臓の疲れ」という言葉と「土蔵」を掛けた終わり方になっていますが、志の輔は「火事の夢は昔から燃え栄える」という言葉で落としています。現代落語で有名な志の輔のことですから、きっと「夢は五臓の疲れ」という言葉がもはや聞き慣れない慣用句であることに配慮した結果なのかもしれません。そもそも、私も解説なくして、初見のこのオチはまったくわかりませんでした。このように、時代や言葉の流行り廃りに合わせて、中身を変化させていくのも、落語の楽しみの1つといえるでしょう。


今回の経験を機に、より多くの噺を覚えていきたいと強く思った次第であります。

MORALITY IS DEAD